努力に満足する
頑張ったからいいのか
努力。私の好きな言葉です。
しかし、努力という言葉は、単独で使えば意味が違ってきます。
努力は結果と対で使われるべき言葉です。なぜなら、結果を伴わない努力など、無駄な努力に他ならないからです。
目的があって努力しているはずなのに、努力自体に満足してしまっていては、本末転倒です。
「これだけ頑張ってもダメだったんだから…」
努力だけで結果が出なかったときの常套句です。
頑張っている、努力している自分に満足してしまい、思考停止に陥ってしまっては次のステージが見えてきません。
行動し、結果を検証し、新しく計画を立てて、また行動する。
この過程が努力であって、辛いことを続けるのが努力ではありません。
例えば、穴を掘るとして、
素手で10時間、地面を掘り、泥だらけ、手と爪は血だらけ、汗まみれになったとします。
これは努力でしょうか?
本人は「がんばった」という疲労感と満足感があるでしょうが、他の人から見れば、努力した、とは映りません。
シャベルで1時間で穴を掘った人の方が、それほど疲れていないけれど、努力が足りないとは言いません。結果が出ているからです。
すぐ横にシャベルやツルハシがあっても、それに気がつかなければ、何にもなりません。
使い方や効果が分からなければ、努力しただけでは意味がないのです。
この例だと、極端すぎると思うかもしれませんが、パソコンを使えばいいのに、使わない。
という人は、あなたの身の回りにもひとりくらい、居るのではないでしょうか。
または、もっと身近に、圧力鍋を使わないという主婦でもいいかもしれません。
圧力なべを使えば、もっとおいしくなるのに……など
道具はもちろん、アイディアは、使わなければ意味がありません。
そして、行動しなければ意味がありません。
一生懸命出汁を取っても、美味しくなければ、誰も褒めてはくれません。
行為ではなく、結果にこそ意味があり、結果が出たときに努力は称賛されることを忘れないでください。